2022年5月26日木曜日

KAWAII TAROT ふりかえり2 〜食編

 算命学(東洋の占星術)には「食」に関する星があり、そんな星を3つほど持っている私は、自分の食い意地だけは信じていて、人生に食べるよろこびがあって本当によかったなと思う。仕事にくじけたって、生きることの意味をみつけられなくたって、「おいしい」はいつだって救いの手を差し伸べてくれる。

 今回はタロットの意訳1つずつに、小さくふりかえりコメントをつけてみました。

 

◎食編


The Emperor [R]
素うどんはきつねにもたぬきにもなり得ます。それでも素うどんでいただくことは謙虚さではなく、あらゆる可能性を見極めた上での何も乗せないという選択であり、きつねもたぬきもマネのできない、保守であるゆえの攻めの一杯がそこにあるのです。しかも胃にやさしい。

>手を加えないというクリエイティブは、ごまかせない分、素材と勇気がとても大切。 

 

Seven of Swords [R]
苺らしさとは大福にかくれても失われることはなく、むしろ新たなおいしみを発揮します。ありのままでもあんこの中でも苺は苺であり、赤い姿を誇ってみせたり、あんこにおもねったりする必要もありません。いちずに苺であることで、未知なる道に続くのです。

>どんな環境でも自分に徹することでひらける道はあると信じたい。

 

Seven of Pentacles
すかすかなそら豆や種の大きすぎなアボカドなど、食べるところがほんのちょっとだったときのしょんぼりを最小限にとどめるには、むいたり切ったりする前に、これっぽっちをイメージしておきます。これっぽっちに備えると、そうでなかったときのよろこびも大きくなってお得です。

>期待をしないという自己防衛はいろんな場面で有効かと。


The Hierophant [R]
信じることがつらくなったら、疑う自分を信じてみましょう。バニラアイスにしらすをのっけて本当においしいのか? 疑うからには食べてみる。理性ではなく五感で確かめることで、自分への信用を取り戻します。では納豆をのっけたら? さらなる疑いは信頼へと深まるはず…

>自分を疑いすぎると納豆バニラアイスを食べるハメになるということ。

 

Page of Swords [R]
レシピに忠実につくった料理でも、みんなが同じにはできません。気分やささやかなクセ、うっかりに、なんとなくなども相まって、その人らしさがその一皿に反映されます。「らしさ」とは、偶然性の重なりであり、自分が意識してつくることはできないスパイスです。

>おいしいもまずいも、その人にしか出せない味って確かにある。

 

Queen of Wands [R]
この世にプリンを好きな人間が自分しかいなかったら、おいしいプリンのレシピもなく、コンビニで気軽に買えもせず、せいぜい卵と牛乳と砂糖を混ぜて自分でひそひそつくるのでしょう。自分の好きがたくさんの知らない誰かと共有されることで、プリンの恩恵はあるのです。

>唐揚げもワインもコーヒーもなんだって!すべての生産者さんに感謝!


Queen of Swords [R]
気持ちがピリピリしだしたら、冷凍うどんをゆで、ゆでたてに生玉子を落とし、しょうゆを少し垂らして、よくよくかきまぜて、あればかつ節でもぱらっとやって、仕上げに例のピリピリをふりかけて食べてしまいましょう。まちがっても他人のうどんにはふりかけないように。

>ピリピリを他人にふりかけたら、お互いに後味悪くなるだけ。

 

Five of Cups
冷蔵庫に食材がいっぱいあると、「食べたい」より食べなくてはいけない義務感が出てきます。冷蔵庫が空っぽであれば自分の
「食べたい」と向き合うことになり、何かを腐らせる心配もありません。何もないから何も失わず、自由と空腹だけが残ります。

>冷蔵庫がいっぱい詰まっている安心は、それだけ食べなくてはいけない宿題でもある。 

 

Two of Swords
人が五感から得る情報の割合は、味覚1%、触覚 1.5%、臭覚 3.5%、聴覚 11%、視覚 83%で、圧倒的に目からの情報が多いようですが、星の王子さまいわく、大切なことは目に見えないそうなので、味覚あたりを強化しておくとよいでしょう。

>味覚、触覚、臭覚はネットにのせられない情報なだけに、体感するよろこびが増している気がする。

 

Queen of Cups
栗の本質が、攻撃的な殻でも、ガンコな鬼皮でも、しつこい渋皮でもなく、意外にもろくて甘い実にあることを、ぱっと見抜けるやさしさが高まりそう。強そうな人の弱さを、弱そうな人の強さを知ることで、自分の世界も秋も深まります。

>栗が友だちだったらもっと腹を割ってほしいと思う。

 

Five of Pentacles [R]
アラビアの商人がミルクを入れた水筒を持ち歩いていたらチーズができたように、うっかりしたことから幸運は訪れます。けしてチーズを求めてミルクを水筒に入れたわけではないのです。大切なのは、得体のしれないものでも食べてしまううかつさと食い意地です。

>求める思いを手放すと、また面白いことが入ってくるもの。

 

Two of Wands [R]
とびきりのチーズが手に入ったら、食べるよろこびと共に失うかなしみもいただきます。ほかほかのパンにのせてかぶりつく幸福があとふた口でなくなってしまうという現実。いつでも幸せは「ある」ことと「ない」ことのセットで構成されており、とどまりませんが、まためぐります。

>いただくよろこびと失うさみしさが同時にやってくるとき、それはそれはほんとうにおいしい。

 

Six of Wands
じっくりことこと煮込んだわりにおいしくならなかったシチューにがっかりしたときは、カレー粉を入れたらいいのです。不本意な結果もゴールにしなければおいしくなる過程にすぎません。人生死ぬまで延長戦なら負けなしです。

>とはいえ、なんでもカレーにしてしまう横暴さも感じる。負けなしだけど、勝ちでもない。 


Six of Pentacles [R]
まとめ売りのアボカドをおすそ分けするような善意に気をつけましょう。切ったら黒いスジだらけだったとしても、あげた方は知る由もなく、もらった方はトホホな気持ちで捨てるしかありません。紀ノ国屋の白いネット入りのものを除き、アボカドに絶対大丈夫はないのです。

>こちらについては前に日記に詳しく書いたので、ご興味ある方は読んでみてください(長いです)。
https://note.com/1_tsp_salt/n/nc37bccfbc6f1