2024年4月5日金曜日

アナグマと子リス

 近ごろよくきく「多様性」ということばを耳にするたびに、なんだかモヤモヤしてしまう。「世の中いろんな人がいてあたりまえだよね」ということの以前に、「一人の人間の中にもいろんなのが住んでますよね?」と思うからだろうか。

 先日、てよみをしたOさんは、右手に子リスを、左手にアナグマを住まわせていた。
(ちなみに手相では主に右手からその人の外面、左手から内面をよみとります)

 イラストも描くというデザイナー5年めのOさんが、きっとその道ですてきな仕事をされているのにちがいないことを、私はその手のひらから確信した。でも、私と話しているあいだにも開いていた手指がへなへなとしぼんでしまうくらい、Oさんはなんとも自信なさげだった。

 アナグマがOさんの左手からひょっこりと現れたのはそんなときだった。時刻は18時をまわるところだったか。日中は暗い巣穴の中でもそもそしていたそいつは、夜の森の空気を胸深く吸いこみ、その自由に鼻をくんくんさせてうれしそうだ。

 すると、さっきまで右手で大人しく木の実をカリカリしていた子リスが、何やら必死にちょこちょこあたりをかけずりだした。どうやら私の視線をアナグマから反らせたいらしく、自分に気を引こうと変な汗までかいている。

 あくまでアナグマは人目のつかないところで気ままにくらしていて、そんなアナグマのことを子リスは恥ずかしく思っているらしいことが、次第に伝わってくる。

 子リスは日中せっせと木の実を集め、今日食べない分は食料不足の冬に備えてこっそり土の中にかくしている。常にあたりを見まわして危険がないかビクビクし、風が木の枝をちょっとゆらしただけでも素早く木のかげに身をひそめたりする。

 そんなふうにマジメで臆病な子リスだけど、実は自分がこの森をつくっているのだというプライドがある。子リスが土にかくした木の実が芽吹くことで森ができている。そのことを誇りに思っていることは、もちろん自分だけの秘密である。

 私は子リスにきいてみた。「なんでアナグマを恥ずかしいと思うの? 一緒にくらす森の仲間なのに」

 すると子リスは、「あんな自由で勝手なやつは、森のみんなに迷惑をかけるからね」とうつむいた。そんなふうに言いながらも、子リスはアナグマが気になって仕方ないらしい。子リスが土の中にかくした木の実をアナグマがいたずらに掘り出していても、とがめようともしない。

 子リスはアナグマを必死に守っているのだということに、私は気づく。自由勝手なアナグマにヒヤヒヤしながらも、子リスはアナグマのことがとても好きなのだ。

 アナグマは子リスの気も知らず、夜な夜な楽しげに絵を描いたりしている。子リスはそんなアナグマのことをこっそり見守り、困ることのないように木の実を分け与えていたのである。

 もちろん、自由勝手なアナグマも、マジメで臆病で実は誇り高い子リスも、Oさんのことである。

 しばらくは、Oさんの子リスの気が休まることはなさそうだ。でも、そう遠くない未来には、子リスだって大人になる。マジメで臆病な性格はそのままでも、もっと大きな森を見据えて、勇気ある小さな一歩をふみ出すときがくるだろう。

 そのとき、子リスが心細くなったら、アナグマを頼ればいい。自由勝手なようでいて、なかなか思いやりのあるやつだから。木の上のサルや、ふだんは静観しているフクロウなんかも、きっと助けてくれるだろう。

 Oさんの手のひらの森の多様性について、私はひそかにとてもワクワクしていた。